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トモザツ。日常のこと。絵関係多し。

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『君は、感情表現が偏っているね』
とある知り合いに苦笑気味に諭された事がある。

喜怒哀楽あるとされるが、その人が言うには僕には喜楽以外が極端に抑えられているとのこと。

抑えているでもなければその感情が欠落してる訳でもないのだけれど、
そもそも哀怒を全面的に押し出す人物をあまり見かけたことがない。
そんな人が居たら僕は言葉を差し挟むのが好きだからこう言うだろう。
『そんなのただの情緒不安定じゃないか』

この言葉になんら間違いはないことは、きっと同席して横にいる誰かが、
社会性の高い愛想笑いでもして証明してくれる。

ただ1つ問題なのは、「哀怒」だけを表現した時この言葉を使った場合、
「喜楽」のみを表現しているらしい僕も同じく情緒不安定とされ、
狂った天秤にかけられるのではないかということ。

そんなのおかしい。
「常に喜楽を表に出している人のどこが情緒不安定だというんだ。
そんなこと言う人が居たら僕は哀しいよ。」
そう言い返すべきなのにそんなことは言わない
哀も怒もないのだ。


喜楽ばかりを装う人は怖れている。

喜ぶ、怒る、哀しむ、楽しむに1つ足りないとすれば、それは『怖れる』

足りないというよりむしろ隠されていると言ってもいい。
怖れるという感情を表に出すこと事態が恐怖なのだ。

哀や怒は喜楽よりも怖れに近しく親しい。
同じところに現れやすい。
だからひた隠しにする。喜楽ばかり表に出して、恐れを隠そうと恐怖している。

喜楽表現ばかりの人や感情表現そのものが少ない人は常に怖れている。
そんな状態はまさしく情緒不安定と言えるだろう。
僕も、横に居たあの子も。

狂った天秤は釣り合っていた。



『チラシの裏』
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  1. 2014/01/31(金) 01:59:38|
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